平安時代の中頃から、引き違いになり、今日の障子が生まれる。
障子と同様の板の引き違い戸(遣戸)も現れ、中世に入ると、このふたつが手を結び、板と紙のセットで内外を仕切る日本独自の形式が成立するのである。
雨戸は、しかしまだない。
雨戸の前身ともいうべき板戸は生まれたが、障子と寄り添っており、縁側はその外に露出して風雨に打たれたまま。
縁側の緑に立って、縁側を守ってこその雨戸。
ではいったい、いつ、縁側は雨戸にガードされ、室内通路として安定した地位を確保できるようになったのか。
面白い話が伝わっている。
天正十四(一五八六)年徳川家康が軍勢を率いて初めて上洛した折りのこと、京の都に夕陽が落ち、さあ夕餉というその時、陣内に思わぬ緊張が走った。
陣を敷く屋敷の周囲の町から、にわかに音が立ち上り、通りがざわめいたのである。
スワ秀吉軍が押し寄せたかと、外をのぞくと、家々の外回りは、何処から取り出したのか薄い板戸が立てられている最中。
見ると、壁の端から手品のように板戸が引き出されてくるではないか。
家康上洛の時期には、京都で生まれた雨戸は、まだ東日本に届いていなかったのである。
国元に帰った家康が自宅に雨戸を取り付けさせ、開けたり閉めたりしてみたのは言うまでもない。
このように長い歴史を経て成立した雨戸を、さて、どうして現代の建築デザイナーは邪険に扱うのか。
雨戸の効用は防犯、防風、防雨とまことに多岐にわたり、あると無しでは窓の耐久性がまるで違うというのに先端的な建築家連中は嫌うのか。
その理由を私は知っている。
私も住宅の設計で戸袋の扱いには苦労させられたから身にしみて知っている。
実は建築家は雨戸が嫌なのではない。
夜は見えないし、昼になればなくなるのだからそれ自体は構わないのだが、コイツの保護者が許せない。
雨戸が夕方になるとそこからはいずり出て、朝になるとその陰に隠れる戸袋がにくい。
敵チームから見た横浜ベイスターズ(今は大リーグのマリナーズ)の佐々木投手という血か、コイツが出てくるとそれまでの苦労が台無し。
とどめ。
住宅の外観は人間でいうと顔面にあたるから、建築家はその造形に力を注ぐ。
女の人が注ぐに劣らないくらい注ぐ。
窓は目、出入り口は口、左右の壁は頬、窓の上の壁は額、屋根は頭髪。
いずれもあるべくしてあるものだから、より美しくよりさわやかにデザインするのだが、雨戸と戸袋のところで困惑してしまう。
マブタといえなくもない雨戸はがまんするとして、戸袋はいったい何なのか。
目の脇、頬の上のところにかぶさる四角な袋状の突起。
こういう取って付けたようなシロモノは人の顔にはない。
もし見目麗しい女性が、両の目尻のところにぶ厚いバンドエイドを貼り付けて通りを歩いていたらどう思うか。
目をそらすだろう。
それと同じなのである。
建築家が戸袋を嫌がる気持ちを、わかっていただけたでしょうか。
ヴェランダ・布団連合と建築家の対立(ヴェランダ)布団というのは家の中でちょっと変った存在だと思う。
衣類や食器とちがって一人一つに決っているし、時々一斉に外に出て人目にさらされる。
ある晴れた日曜日の畳下がり住宅地を歩くと、たいていの家の二階のヴェランダに、お父さんの布団、お母さんの布団、お姉さんお兄さんの布団が仲良く並んで日なたぽっこしている。
家の中の物品で家族団欒能力のあるのは布団だけ。
はじめてヨーロッパに出かけた時、住宅地の光景が日本と決定的に違うのに目を見張った。
緑化の具合、仕上げの材の差、あれこれあるが、どうも一番のポイントは家族団欒する布団を見かけないことだ。
さすが個人主義の国、というほどのことではなくて、ヨーロッパには布団というものがそもそもないし、ないから布団一家の日なたぼっこのためのヴエラングという空間も必要ない。
独立住宅はむろん集合住宅にもヴェランダに布団の並ぶ光景は見られないから、なかなか美しい町並が可能になる。
たしかにこういう7トンレスな光景とくらべると、日本のフトンフル状態は美的に劣るように感じられてくる。
こうなると布団への評価は逆転し、家族仲良しの象徴どころか、お父さんとお母さんの夜の秘密やお姉さんお兄さんのプライバシーを、言ってしまえば家の内臓を外に引きずり出して人目にさらしているような恥かしきすら覚える。
布団は家族の肖像なのか、はたまた破れ出た内臓か、こうした深刻な問いを引き出してしまった責任はひとえにヴェランダにある。
ヴェランダのやつさえいなければ、日本の布団は、夜は畳の上、畳は押し入れの中でぬくぬく過せたものを。
そのヴェランダが今回のテーマ。
日本ふうにいうと縁側が主題。
日本の縁側の起源は今のところ古墳時代までしか遡れないが、おそらく弥生時代に稲作とともに伝わってきたものだろう。
古墳時代の銅鏡に描かれた例を見ると、今のように庇の下の細長いものではなくて、室内なみの広さを持ち、吹き放しになっていた。
中国の雲南やタイ山中の少数民族の映像によく出てくる形式と同じで、もちろん起源はあっち。
南方の生活には、北方にはない二つの敵がいる。
一つは強い日射しで、もう一つは蚊。
気温はいくら高くなっても三十五度ていどだが、強い南方の日射しに焼かれると頭部などは五十度近くに上るし、皮膚もやけどするほど熱くなる。
この直射日光さえ防ぎ、通風をよくすればうまり樹の下状態を人工的に作れば、熱帯といえどけっこう暮せる。
日陰で風さえあれば夏の東京よりずっと過しやすいことは、ハワイやバリに行った人ならよく知ってるとおり。
ハワイやバリといった有名リゾートでは蚊の心配はないが、本来の熱帯の蚊のパワーはたいへんなもので、夜畳を問わず血をぐんぐん吸い取り、代りにマラリヤをはじめとする病原菌をたっぷり置いてゆく。
この二つの敵の両方に唯一有効なのが高床の緑だった。
屋根は日射しをさえぎり、吹き放しだから風がよく通る。
蚊は地べたに近いところが生息圏だから、床を高くすればするほど寄って釆なくなる。
疑う人は夏の夕方にでも草むらに立ってみれば分かるが、足や手にはたかるが顔まではほとんど来ない。
なお蚊については、別に床を上げなくても蚊帳を発達させる方法でもよかったろうに、という考えもあろうかと思うが、熱帯の蚊は蚊帳くらいは喰い破るかしてもぐって来てしまうそうである。
南方の原住民は、この高床の緑のおかげで、一年中の夏を涼しく過すことができた。
この形式が、米作とともに北上し、やがて日本列島に上陸し、日本の気候風土の中でしだいに変形し、具体的には低く狭くなって家の南側に細長く張り出し、柱のところに戸が立てられて屋内に取り込まれる。
線から縁側へ。
ヨーロッパにはヴェランダも布団干しの習慣もないと先に書いたが、ではどうして明治血になって西洋館がドッと入ってきた時、日本古来の縁側はその存在をおびやかされずに今日まで生き延びることができたんだろうか。
理由は簡単で、どっと入ってきた当の西洋館にもなぜか日本の縁側よりずっと立派なヴェランダが取り付いていたのである。
大航海時代を皮切りに以後ヨーロッパの植民者と貿易商人はアジアを目ざし、インドや東南アジアに上陸するが、ハタハタ倒れてしまう。
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